主なる太陽は深淵に覆い隠されて、二度と光が差し込むことの無くなった世界がありました。
 母なる大海は邪悪に汚され尽くして、二度と生命を産むことの無くなった世界がありました。
 父なる大地は醜悪に飲み込まれて、二度と生態を系生することの無くなった世界がありました。

 その世界は混沌に支配されてしまったのです。
 その世界は神様に征服されてしまったのです。
 その世界は悪意に掌握されてしまったのです。

 命あるものは、たった1人の少女を残して全て息絶えました。
 たった1人の少女を残して、人間は殺戮され、陵辱され、弄ばれました。
 たった1人の少女を残して、動物は餌食され、解体され、荒ぶられました。
 たった1人の少女を残して、植物は伐採され、燃尽され、踏みつけられました。

 それは世界の終わりでした。それが物語の最後でした。それこそ書史の巻末でした。
 もう世界は廻らなくて、もう物語は続かなくて、もう書史は綴る紙面がありません。

 その世界に残ったものがあるとするならば、絶対的な絶望だけでした。

「……負け、ない」

 ――それでも、たった1人残された少女は、諦めなかったのです。

「もうええやん。この世界には、私達を覗いてなーんにも残ってないんやで。なのに、なんで立ち上がるんよ。何の為に立ち上がるんよ」

 少女と対峙するナニカは、必死に彼女の心を砕こうと辛辣な言辞を投げかけました。
 少女と対峙する、生命という正しき系譜とはかけ離れた在処の領域に巣食う理外の存在が、少女の心を砕こうと、その精神を失意の底に叩き落とそうと謀略します。

 

「何をやっても、全てが無駄なのに」

 

 ――けれども、やはり少女は諦めません。
 右手に握った紅玉色の翼を広げる杖を支えに、片膝をつく満身創痍の体躯を起こそうと足に力を入れました。
 左手に握った雷玉色の翼を広げる杖を頼りに、今にも崩れ落ちそうになってしまう体躯に鞭を入れました。

 そうして少女は立ち上がります。見るも無残な、傷つき、焼けつき、血に塗れたバリアジャケットを誇りのように靡かせながら。
 そうして少女は2つの杖を構えます。目を逸らしたくなるような、罅割れ、欠け落ち、壊れかけたデバイスを慈しむように握り締めながら。

「行くよ、レイジングハート」

 【了解】と、少女に名前を呼ばれた右手の杖が、音叉状の先端に組み込まれた宝石が応えます。
 悠久の刻を経て、ようやく出会えた親愛なる主と共に、例え敗北の未来を見定めていようとも最後まで戦うことを決意するように。

「行くよ、バルディッシュ」

 【了解】と、少女に名前を呼ばれた左手の杖が、斧型の先端に組み込まれた宝石が応えます。
 自身を残して永遠の眠りについた親愛なる主の想い人と共に、例え残酷な未来を想定しようとも最終まで戦うことを決意するように。

 

「――モード『銀色の鍵』」

 

 その言葉を合図に、2つの杖は姿を豹変させます。
 それは、奇怪なアラベスク模様でした。どこか冒涜的な、どこか背徳的な感覚のする絵様でした。
 次々と模様が2つの杖を覆って行きます。しかも、変わったのは模様だけではありません。まるで水銀のような艶を持つ銀色へと変色していくのです。

「“開門”による魔力供給、開始」

 2つの杖が始動します。すると、少女の背後に聳える虚空に“扉”が出現しました。
 否――扉というよりは、次元の裂け目と言った方が正しいでしょうか。裂け目が現れた瞬間、無数の粒子が少女の体躯に取り込まれていきます。それから僅か数秒足らずで、空っぽだったリンカーコアが一瞬にして魔力に満ち溢れました。

 

「――行くよ、“かみさま”」

「――来なよ、“にんげん”」

 

 2つの銀色の杖に魔力が収束します。余りにも強大で、余りにも膨大なそれは大気を震わせ、天すら轟かせるものでした。
 少女は真っ直ぐに目の前のナニカを見つめます。少女が知っている“彼女”とは、酷くかけ離れた存在に、目を逸らすこと無く真っ直ぐに見つめ――。

「はやてちゃんを……私の友達を! 大切な皆を!」

 叫びました。少女は腹の底から、雄叫びのように咆哮しました。

 

「返せえええええええええええええええええええええええええええぇ!」

 

 瞬間、地球の表面を数十回焼き尽くせるほどの砲撃が、暴風のように吹き荒れます。
 それは太陽の光が二度と届くことの無くなった世界に齎される、最後の星光の輝きでした。

 

 ■■■

 

 それから、数ヶ月が過ぎたでしょうか。或いは、数週間が過ぎたでしょうか。
 ひょっとすればそれは数日にも足らない出来事で、もしかすればそれは数時間にも足らない出来事で。

 ――おそらくは、数秒にも満たない刹那の後なのでしょう。
 右足と左手がちぎれ飛び、脇腹に向こうの景色が見える程の大穴を開けて、少女は淀んだ大地に伏していました。
 彼女の傍には銀色の欠片が無数に散らばっていて、その欠片が元はレイジングハートとバルディッシュと呼ばれた物だということをわかるのは、きっと彼女だけでした。

「困ったわぁ。そないな姿になっても、これほど力の差を感じさせても――まだ諦めへんのか。まだ壊れんのか。まだ堕ちんのか」

 圧倒的に強すぎる“かみさま”と呼ばれたナニカは呆れたように少女に向かって呟きます。
 そう、右足と左手がちぎれ飛び、脇腹に向こうの景色が見える程の大穴を開けて、淀んだ大地に伏そうとも――少女は、諦めてはいません。
 死なない限りは、頑張り続けるのだとでも言うように。“死ねない”からこそ、諦める道理はないのだと言うように。

 不屈の心がこの身にある限り、戦い続けるのだと証明するように。

「ぅ、ぅぁ……」

 されど、このままでは如何にしようともどうにもならないことを十二分に少女は理解していました。
 相対するかみさまは強すぎました。理不尽なほどに強大でした。今のままでは何千と戦おうと、何万と時間をかけても勝てないことははっきりとわかっています。

 だとしたらどうすればいいのでしょうか。
 だとすればどうすればいいのでしょうか。
 それとも、もうどうにもならないのでしょうか。

「なぁ、どうしたら諦めてくれるん? 私は、にんげんのそういう所がわからへんのよ。ひょっとして、“戦い”じゃない他のことなら壊れてくれるんか?」

 かみさまは、ついぞそんなことを少女に聞きました。
 にんげんはわからない。これほど強情なにんげんは始めてなのです。
 今まで壊してきたにんげんと、目の前の少女は全く違う異質の存在とすら思えました
 これだけ頑丈なにんげんは今まで見たことがなかった。だからこそ、何もわからないかみさまはそう聞くしかありませんでした。

 

 その言葉が、少女にとっての“天啓”になるとも知らずに。

 

「……かみさま」

 

 少女は顔を上げました。純垢の希望を宿した瞳で、真っ直ぐにかみさまを見つめます。

 

「――“ゲーム”をしよう」

 

「……ゲーム?」

 

 少女は提案しました。とある1つのゲームを。
 ――その内容を聞いて、かみさまは笑いました。楽しそうに、面白そうに、ゲラゲラと嘲笑します。

 

 これは、一番最初のお伽話の結末で――“違う世界の自分に全てを賭けた”長い長いゲームの、始まり。

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