そう呼ばれたことが私にはある。けれど、実際に私が人を殺したということではない。 Sランクを超える魔導師は総じて化物足りえる存在だ。攻撃方向に魔力資質が偏っていれば都市の1つや2つは消し飛ばせる。 質量兵器を構えた相手なら尚の事。魔法は科学兵器に対して無敵じゃない。マシンガンを連射されればプロテクションは耐え切れないし、ロケットランチャーなら一撃で粉砕される。 だから数を集めた。そして仲間は集った。万年人手不足を嘆く管理局ではあるが、やはりいるところにはいるものだ。 私のネームバリューはどうやら自分自身が思っているよりも価値があるらしい。
ひとごろし。
なんでも、組織の構成員が何人か捕まる前に自殺していたらしい。 ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし――。 私は黙ってそれを聞き入れた、誰かが通報してくれたらしい警察がやってきて彼女が取り押さえられるまで。 ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。ひとごろし。 私は何も言えなかった。ただ立ち尽くすだけだった。 貴方の親を追い込んでごめんなさい、でもこっちだって仕事だった、犯罪を犯していたのは貴方の親だ、1人ぼっちにしてごめん、なんで私だけにいうかな、私だけの責任じゃない、どうすれば償える、悪いのは私じゃない、それを喜んでたのは私だ、私は、私は、私は、私は、私は、私は、私は、私は――。 そのあと、どうやって帰路についたのかすら覚えていない。 救われる、ヴィヴィオという存在に心の底から救われる。愛する家族の存在とはこうまでも心を癒してくれるのか。
なのに私は、あの子の家族を奪ったんだ。
そう思うと消えたくなって、潰れたくなって、ヴィヴィオを攫って私のことを誰も知らない世界に逃げたくなる。 正しいことをしたのに、間違っていると言われる。 世界が矛盾で溢れていることなんて知っている。 なんで、私は管理局という仕事に就いたのだろう。
そんな、忘れていた
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目を覚ませば、私が居たのは公園のベンチの上だった。 「……これ」 見覚えのある懐かしいバリアジャケットが私にかけられている。 横を向けば、一匹のフェレットが私の横で丸くなっていた。 この世界では、ユーノ・スクライアにとって私は見知らぬ不気味な子供に映っていたはずなのに、自身も満身創痍の状態であったのに。 「守りたい人がいたから――私は魔導師を続けたんだ」 矛盾を孕んでも、在り方に悩んでも、人を傷つけても――私は、高町なのはは友達の為に戦い続けていける。 「開き直るわけじゃない。けど、私はたオヴォェ」 ――あー、昨日のダメージがまだ残ってたかなぁ……。 「うううん……ん? あ、気づいたんだね! って――!?」 ……とりあえず、私の血で全身を真っ赤に染めてしまったユーノくんに。 「な、なんだこれええええええぇ!?」 なんて謝ろう。
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さて、現在私とユーノくんは家路を進みながらもお互いの境遇を紹介し合い、親睦を深めていた。 ユーノくんは限界を超えていたのにも関わらず私が凍えないようにバリアジャケットで保護してくれていたようで、もうジャケットを作り出す魔力すら残っていない。 ――というか、太陽が昇りきってない朝方で本当に良かった。血まみれの女の子と血まみれのフェレットが仲睦まじげに歩いているなんてただの怪談話だよ。 「――そっか、なのはは未来を知るレアスキルを持っているんだね、魔導師やデバイスのこともその能力で知った、と」 「う、うん! だからユーノくんが襲われているのが事前にわかったんだ。ただ、いつでも発動できるわけじゃないし、あんまり先のことは見えないし、そもそもよく外れちゃったりする駄目駄目な能力なんだ……」 もちろん、私に未来が見えるなんてカリムさんのようなレアスキルはない。 だから怪しまれない為にはそうでもいわないと説得力がないから。 「そして、レアスキル以外の魔法を使うと多大なダメージを負う体質……」 「多大といってもちょっと血が出るくらいだけどね!」 「少なくとも昨日今日みた限りじゃあれを“ちょっと”とは言えないよ!?」 「ちょっとだもん! 人間が70パーセントの水分で構成されていることを考えればたかが1リットルや2リットル……」 「例え人間が半分以上水分で出来ていたとしても血はもっと少ないから! 大事にしようよ赤血球!」 「それにほら、血がどばどば出るくらい、躓いただけで折れる弱小強度の私の骨に比べれば全然大したことないし!」 「病院に行ってー! そして入院して検査して貰って! 怖い、怖いよ君の体!?」 「病院にはいった。入院は月一でしてる。検査は受けた。原因不明。治る見込みは全くなし!」 「なんでそれを君は明るく語れるんだよ!? あ!? というか昨日の聞いた変な音、もしかして骨が折れた音!? だ、大丈夫!?」 「――あれ? そういえば治ってる……」 「何者なんだ君は!? 何者なんだ君は!」 「高町なのは! なのはだよ!」 「そういうことじゃなーい!」 うん、ユーノくんと早くも凄く打ち解けれている気がする! 「さ、ここが私のお家だよ。上がって、ユーノくん」 「――なのは」 その声は、静かに響く神妙で、とても真剣な声だった。 「何かな?」 「“助けてくれてありがとう、この恩は絶対に忘れないし絶対にお礼もする”」 「そんなに気にしなくてもいいよ!」 「だけど――“僕はこれ以上君に頼るわけにはいかない”」 ――え? 「僕は確かに助けてと願った。そして君は助けてくれた。情けない話だけど、もしよければこれから先も助けて欲しいと思ってた」 そ、そう思うなら、全然私を頼ってくれていいんだよ!? むしろ、こっちから頼られたい勢いで――。 「でも、魔法を使えば血を吐いて、体をどこかにぶつければ骨が折れるなんて女の子に僕の変りに戦ってくれと言えるほど――僕は“非道”になれないから」 思考が固まる。ユーノくんが言っている意味がまるで理解出来ない。 「だから僕は、もう二度と君に頼れない。下手をすれば――僕が解決しなきゃいけない不始末が“君を殺すことになる”」 否――理解出来ないはずがない。私はこれでも大人だ。ユーノくんがそう考えるなんて、本当はわかっていたはずなのに。 「君は本当に優しい子だって、出会って間もない僕が思えるくらいだ。この世界で始めて出会った人が君で良かった。だって――絶対にこの世界を守らなくちゃいけないって決意できたから」 ユーノくん、さっきから――さっきから 「“また会おうね、なのは”」 一体、何を言っているの?
んー、でもこんなミッド語は存在しないしなぁ。私だって伊達に10年以上ミッドで過ごしていたわけじゃないし……。 「ユーノくん、私ちょっとスワヒリ語はわかんないから日本語で話して貰っていい? ――ってもういないし!?」 目を瞑って思考してたら――現実から目を逸らしてたともいうかもしれないけれど、手品のように姿形が消えていた。 わかんないよ! つーかわかるか! 「な、なのはちゃん!?」 不意に、私の名前を呼ぶ声がした。 はやてちゃんだった。 「……あれ、こんな時間にどうしたのはやてちゃん?」 今、朝方の4時くらいだよ? 魚市にでもいくのかな。 「それは私のセリフやよ!? なのはちゃんこそ、そんな格好でなにしてるん!? それまさか全部血!?」 はやてちゃんの目線の先は私の服。 「ち、違うよ。こういう色のデザインなんだ、これ」 「嘘や!? 湿ってるもん!? 真っ赤に濡れてるもん!?」 「そ、それは……ウェットスーツだから!」 「どういうこと!?」 「ウェットスーツなんだから常に濡れてるのは当然だよ!」 「いやいやいや濡れてへん、ウェットスーツは常に濡れてるからウェットスーツって呼ばれてるわけやないで!? 寧ろ常に濡れてるウェットスーツの素材が気になるわ!」 血まみれの私を見てパニックに陥るはやてちゃん、を見て同じく焦る私。まずい、ここで騒がれたら家のみんなに気づかれちゃう! こうなれば――よし、逃げよう! 「なのはちゃーん!? なんで逃げるーん!?」 「私のことは見なかったことにしといて!」 「そんなんで出来るわけないやん!? 転ぶって! なのはちゃんがそんなダッシュ決めたら絶対転んで折れるってー!」 徐々に私の背後で呆然と立ち尽くしながらも私を食い止めようと叫ぶはやてちゃんに、決して軽くはない罪悪感を感じつつも私は走る。 (ごめん、はやてちゃん……!) 頑張り屋さんで、素直に見えて実はいじっぱりな友達がいる。
私の大切な友達だから!
はやてちゃんを振り切ってユーノくんを半日以上捜索するも、ものの見事に見つからなかったとさ。 死にたい。 ついでにやっぱり頭が痛い。死にたい気分、増々。 市街とはいえ凄く広いよ海鳴。というか見つかるわけないじゃないっ。 「しかも学校サボっちゃってるし……」 とっくに修学して、もはや予習なんてしなくても分かってしまう勉強内容に意味は見出せないけれど、それでもこの身は小学生。 「ううう、お父さん達に怒られちゃう」 怒ってるだろうなぁ。普段は優しいお父さんとお母さん、そしてお兄ちゃんとお姉ちゃんだけれど。 わがままなんて言わなかった癖して。 もっと構って欲しいなんて言わなかった癖して。 私からは何も言わないのに、全部わかって欲しいのと思い塞ぐ、どうしようもない子供。 お父さんだって、お母さんだって、お兄ちゃんだって、お姉ちゃんだって。 これに気づけたのは、ヴィヴィオを引き取って親子で暮らすようになってからだっけ。 あれだけお話、お話言ってた癖に、ね。 (かといって、迷惑をかけたいわけじゃないのが難しいところで……) 難しいなぁ、親子関係。大人になった今だからこそ、甘えることが難しくなるなんて。 「――あー! もう、うだうだ考えてもしょうがない!」 頭が痛すぎて思考がまとまらないよ。案ずるより生むが易し。怒られよう、こってりと。
■■■
――その違和感に気づいたのは、我が家が見えた数十メートル矢先という所で。 「……え?」 家の明かりが、ついてない。 どうしたのだろうか、何かあったのか――あ、ひょっとして家族総出で私を探してる!?
あれ。
もう一度、私は携帯電話の液晶画面を覗く。 「……なんで」 家族から着信がないのだろう。 学校を勝手にサボったとなれば、学校側から保護者に普通は連絡がいくはずだ。 ――おかしい。何かがおかしい。 「――痛っ」 頭痛が激しくなっている。 「…………」 嫌な汗が身体から溢れてくる。シャツが濡れ始めて気持ちが悪い。 「お風呂、そうだ、お風呂に入ろう……」 とにかくさっぱりしたかった。 ――私は薄暗い家の玄関を開く。
浴場に着いた。すぐさま躾のなってない子供のように服を脱ぎ捨てる。
……あー。またおかしいことを1つ発見しちゃったよ。
私、この服を着て街中を探しまわってたんだよね。 ……はやてちゃん? あれ、はやてちゃんも何か……何かが。
痛い。
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。 頭が、本当に割れそうだ。 私は思考を放棄して浴槽のドアノブを捻る。
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シャワーを終えて、私はパジャマに着替えると部屋に戻った。 ――やっぱり家には誰も帰って来なくって、さっき電話をかけてみたけど繋がらなかった。 ふと枕元を見てみれば、Celaeno
Fragmentsと落書きされた真っ黒な本が目についた。 「……」 怖いはずなのに、私はどうしてかその本を手にとってしまった。 恐る恐るページを捲る。赤い文字の羅列は、希望に反してまるで読めなかった。
あの時、何があったっけ――――。
ゾル――ゾル――。
瞬時に私は本を閉じる。 ああ、なんて馬鹿なことをしたんだ私は。
また、あの時のナニカがやって来たんだ。
ゾル――ゾル――。
耳が痛くなるほどに必死で塞いでいるのにそれでも音が途切れない。 一体――部屋の外に何がいる?
ゾル――ゾル――ゾル――ゾル――ゾル――ゾル――ゾル――ゾル……。
近づいてくる、確実に、明確に、音が大きくなっている。 助けて、誰か、誰か……助けて、助けて……!
ドアの外から声が聞こえる。間違いない、間違えるはずもない。 「部屋にいるの? なのは?」 私はすぐさま布団を取っ払い部屋のドアの前に急ぐ。早くお母さんに会いたい、早くお母さんの顔が見たい。 部屋のドアノブまで辿り着いた私は焦る手つきでノブを掴み、いざ開扉しようと捻りかけて――。
「なのは? どうしたのー、扉を開けてー」
手を、止めた。 「……ぁ……ぁぁ……」 声にならない声が私の口から漏れる。
「なのはー」
なんで、お母さんの声が下から聞こえてくるの。 お母さんの身長は、小学生の私よりも当然、遙かに大きい。 「お母さん……? お母さんだよね……」
「なのは、ドアを開けて」
そう、お母さんの声は懇願する。私は必死に絞り出し、声を張り上げた。 「か、鍵はかかってないから……お母さんなら、お母さんなら――自分で“開けて入ってこれるよね?”」 本当にドアに鍵はかけてない。子供の私でも届くドアノブだ。だったら、“お母さんの身長なら簡単に自分で開扉出来るはず”。 私に一々頼まなくたって――“本当のお母さん”なら、普通に入ってこれるんだよ……?
「なのはー……ここを開けてー……なのはー…………」
声が、変貌した。優しい、心地良い響きを持っていた声がその面影を無くして。
「開けろ!」 ドアが硬い何かに殴打されたような音と共に揺れる。 バキバキと下段からヒビが入っていく木造のドア。 「開けろぉ!」
恐怖で身が竦む。頭痛が今まで体験したことのないような痛みの領域に突入する。 「なに……?」 視界も揺れ始めて、視力すらもどんどんおかしくなる。 その瞬間、ユーノと別れてから感じた違和感の全てを理解する。 そうだ。私が血まみれの服を着てても誰にも気に留められなかったのは。
この街に、誰一人として“存在しなかった”からだ。
なんで、そんなことに気づかなかったのか。誰も居ない、誰も歩いてない街なんて、海鳴ではありえない。 しかし、唯一存在していた少女がいた。親友を超えた絆の情で結ばれる愛しい女の子が、私に話しかけてくれたではないか。 “全てが終わった前の世界のように、自分の足で立っていた八神はやてがいたじゃないか。立てるはずのない少女が、私と面と向かって話してくれていたじゃないか。”
「――――ひっ、ひひ。あは、あはははハはハ」
何ゼか、私は笑っテいた。
「アハ、アハはハハハはハハハ」
モウ、ナニモワカンナイヤ。
ドアガ粉砕スる。
そこカら現レた、醜悪な躰ヲ持ツ何かガ私ニ向かっテキテ――。
ソコカラサキハ、オボエテナイ。
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