暗い森の中、1人の少年と黒い靄の様な何かが対峙する。
 少年が手を翳し、浮かび上がったのは魔法陣。それを黒い霧にぶつけようとするが、黒い霧は咄嗟に身を翻す。

「グアアアァ!」

 黒い霧は咆哮をあげて少年に向かう。
 対して、少年は魔法陣を突撃する黒い影に向けての防御体制。
 衝撃。甲高い音を立てて黒い影は四散する。だが、空中に舞う無数の黒い影は死んでいない。
 それぞれが独立した意識を持って蠢くそれは、四方八方から少年を襲い尽くす。

「くっ――う、あああぁ!」

 幾度となく少年の身体に走る痛み、服から滲み出すのは赤い血。
 キリがなかった。この黒い霧はコアであるジュエルシードを封印しなければ死ぬことも動きを止めることもないのだから。

 状況は最悪だ。少年は攻撃を防げ相手の自滅を誘えるともジュエルシードを封印する手立てがない。
 このままでは確実に“殺される”――ぞくりと背筋に纏わりつく恐怖。されど、体が震えて止まらない“それ”を感じても……少年は諦めない。諦められるはずがない。魔導師である自分でさえこのような様になっているのに、これが魔力もなにも持たない人間だったのならば結果は火を見るよりも明らかだ。

(絶対にこの世界に解き放っちゃいけない――! この世界の人達は、何の関係もないんだから!)

 されど無常。少年の思いだけでは目の前の黒い霧を封印することは出来ない。
 どうすればいい? そうすればこいつを……その答えを少年が導き出す前に、分裂していた黒い霧は再び融合を経て元の姿を取り戻す。

 一瞬だった。黒い霧が大口を開け、その牙をむき出しにしながら大地を駆けたのは。
 動きが速い、もう防御魔法の展開は間に合わない。少年は両腕を自身の前に被せてせめてダメージを軽減させようとしたところで――。

 

「伏せて!」

 

 その声は響いた。幼く、されど凜として力強い声が。
 声と共に黒い霧に何かがぶつかった。瞬間、“バン”とそれが火花を撒き散らして炸裂する。

「ギャウウウウウゥ!」

 悶え苦しむ黒い霧。そして風に乗って流れて来たのは焦げた匂いと火薬の匂い。

「え?」

 少年は動揺を隠し切れない。何が起きたのかもさっぱりだ。
 混乱する少年の元に駆け足で、その声の“少女”が向かう。

「こっちだよ!」

 少女は少年の手を握り、再び走り出した。
 暗い森の中を駆け巡り、そこでようやく少年はおぼろげながらも事態を把握する。
 この目の前の少女が、自分を“助けてくれた”ということを。

「き、君は一体……!?」

「私は高町なのは! 君の名前を教えて欲しいな!」

 肩で息をしながら、なのはは少年に振り向いた。
 その顔を見た少年は、一瞬だけ“ドキ”っと胸を高鳴らせる。
 汗を浮かべるほど必死なのに、輝かしいほどの笑顔を彼女は浮かべていたから。

「ユ、ユーノ! ユーノ・スクライア!」

「そっか、ユーノくんか! よろしくね! ところでユーノくん、あれなに!」

 なぜか若干棒読み気味のなのはが後ろを振り向くと、その視界に映るものは草木をなぎ倒しながら2人を追ってくる黒い霧だ。

「あれは、その……」

「なるほど! 魔法っぽいなにかなんだね!」

「まだ何も言ってないよ!? って、魔法を知ってるってことは、君はまさか魔導師!?」

「何のことだかさっぱりなの! ところでユーノくんは操作性が難しすぎて自分では使えないけど別の用途では使えるから所持してるインテリジェントデバイスとか持ってないかな! 持ってたら貸して欲しいんだ!」

「デバイスのことを知っててなんで魔導師のことを知らないの!? というか、デバイスの例えが限定的すぎるよ!? なんで君は僕の持ち物を知ってるのさ!?」

 魔法のことを知っていても魔導師は知らないというのに、デバイスのことは知っていてしかもなぜか自分の所有するデバイスとぴったりと当てはまるデバイスを持っていないかと告げる目の前の少女、高町なのは。

 彼女は一体なんなのだ? 
 自身を助けてくれたのには間違いない、その点に関しては感謝してもしきれない。
 しかしこんな真夜中に、そしてこんな森の奥深くでこの少女は何をやっていたのだろうか。
 それに、先ほどジュエルシードの暴走体である黒い霧に投げつけたものは一体――。

(ぜぇ、ぜぇ……ま、まずい……ユーノくんに怪しまれてるかも……)

 なのはは後悔していた。元の世界では大親友であるユーノとはいえ、この世界では見ず知らずの他人。
 だから魔法技術のないこの世界の極普通の少女を演じつつ初対面の振りをして、早急にレイジングハートを貸してもらおうと算段していたのだが、あまりにも“焦り”すぎた。

 走れるようになったとはいえ、以前よりさらに輪をかけて体力の無さすぎるこの体。
 酸素不足の頭脳では思考がまとまっていないといってもこれでは完全に支離滅裂の不審者だ。

 ようやくやって来た“三度目”の運命が出会う時、待ち望んでいたこの瞬間。
 “二度目”の曖昧な記憶を省みて、ユーノが助けを求めてから出会うのではなく“助けを求める前に”出会うという未来の情報を知っているからこそ可能なこの計画に変更したというのに、こんなことでご破算になっては堪ったものではない。

 しかし落ち着いて話をしたくとも暴走体は待ってくれない。
 今もまたなのはとユーノの背後に迫っている。2人が必死に走っても、まるで子供と大人とでも言わぬばかりの速度。

「っ……」

 それを目視したなのははくるりと身を翻して、ポケットから取り出したのはスイッチの付いた怪しげな筒状の箱。

「えい!」

 スイッチを押し、大きく振りかぶって箱を投擲する。
 けれど数メートルも飛ばずにぽとりと地面に落ちた。体力もないことに含めて、力も無いなのはの体である。
 というか、振りかぶって思いっきり投げたせいで腕が凄く痛かった。もげそうだ。

 しかし、腕の痛みは無駄ではない。投擲から十数秒後、その上を黒い霧が通った瞬間――見計らったように箱が“爆発”した。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアァ!」

 黒い霧の一部が爆惨すると共に響くは悲鳴。その爆発は地面を抉りとる程にかなりの威力だ。
 もはや何度目の驚愕か、慌てふためきながらユーノは叫ぶ。

「い、今のってまさか爆弾!? 君はなんてものを持ってるんだ!」

「爆弾作りが私の趣味でね!」

「花火職人も驚きの趣味だよ!」

「子供って火遊びが好きなものだもん!」

「それは火遊びなんて度合いじゃない!」

 どういう子なんだ彼女は。言動がおかしいし、爆弾は持ってるし、それを躊躇なく爆発させるし。
 ユーノの中に不信感が募る。それだけじゃない、先ほどから感じるのはまるで“自分を良く知っているような”彼女の雰囲気も気にかかる。

 

 なんだ、初対面のはずなのに、まるで長年連れ添った友達のようなこの感覚は。

 

 なんだ、同時にその温かささえ感じる感覚とは真逆の、言いようのない奇妙な■■は。

 

 彼女は、“高町なのは”は一体“なんなんだ”? このまま、本当に“ついて行っていいのか”? 

 

 それ以前に――僕の不始末に“巻き込んでいいのか”。

 

 ――そう考えこむユーノに、なのはは気づいていた。
 見た目は少女といえど中身は成人し経験を積んだ大人だ。
 怪しげな視線を向けられればそれがどういうことを意味するのかは大体わかる。
 心苦しかった。背後から感じるのは確かな不信感に、かつての親友が自身を信じてくれない事実に。“私を頼ってくれない”という絶望に。

 こんな真夜中に、しかも山奥にいきなり現れた謎の少女にいきなり信用は置けないのも無理は無い。
 爆弾という危険物を持っていて、それを躊躇なく爆発させれば信頼できないのも当然だけれど――。

 なのはが立ち止まる、それにつられてユーノもだ。
 肩で息をして、汗が流れ出るのも厭わず彼女は真剣にユーノを見つめた。

 なのはの思いはただ1つ、それを、口に出してしっかりと伝えたくて――彼女の口が開かれた。

「――私のこと、信じられないかもしれないけど、それでも信じて欲しい。私は君を、助けたい」

 そんな言葉だけで、そんな一言だけで信用を得ようなどきっと甘い考えだろう。
 ユーノ・スクライアが9歳の子供だとしても、子供には子供の判断基準や価値観がある。
 たとえ助けられたといっても、命を救われたのだとしても“こんな見ず知らずの異世界で”計ったように現れた怪しい少女に心を置こうなどとは普通、思えない。

 信用とは、信頼とは、言葉だけでは得られない。偉そうな言葉を吐こうが、殊勝な言葉を呟こうが、優しい言葉を囁こうとも。
 まるで意思を持たない人形のように、まるで考えることのないプログラムのように、身を預けることはない。

 けれど彼女のその言葉の重みたるや――筆舌にし難く。

 なのはが手を伸ばす。子供特有の小さく、可愛い手だけれど、無数の切り傷と火傷のあとを隠すように絆創膏が張られたその手は逞しく、そしてとても大きく見えて。

 その差し出された手を彼は――。

 “信じた”のではなく、自分を助けてくれた彼女を、この手を、“信じてみたい”から。

 しっかりと――握った。

「――なのは。僕も、君にいうことがあったんだ。ごめん、これは最初に、君に手をとって貰ったときにいわなきゃ駄目なことだった」

 再び2人は走り出す。その足並みはばらばらだった先ほどまでとは違い、同じ道筋を一緒に辿っているように揃っていて。

「僕を、助けてくれてありがとう」

「……にゃはは」

 ただ笑顔で、必死に走った。

 

 ■■■

 

 ――爆弾を放っては駆け、放っては駆けること数分。
 森林を奥深く進む2人の先には広い原っぱが広がっていた。

 この場所こそ、魔法が使えないなのはがジュエルシードの暴走体に勝つ為に用意した最終決戦場。
 ここにたどり着いた時点で、この計画の半分以上が成功している。あとは、莫大な魔力を備える彼女が持つ“矛盾”を慣行するだけだ。

 今までに備えた爆弾も、この場所も、何もかもは全てがその為の布石。
 全力疾走を続けたなのはの身体はもはや死に体。されど走り続けて怪我をしなかったのは奇跡ともいえる行幸。

「ぜっ、はっ……! ユ、ユーノくん、あの穴――あの穴の中に滑り込むよ!」

「穴っ!?」

 彼女の指が示す先には確かに穴があった。ぽっかりと、子供2人が入るには余裕そうな大穴が地面に作られている。

「けど、あれに入ったらもうあいつから逃げられなくなる!」

「大丈夫! もう逃げるのはお終い、あれに入るのは逃げる為なんかじゃなくて――“巻き込まれ”ない為だから!」

 巻き込まれる? その言葉に嫌な想像を掻き立てられるものの、信じてみようと思ったからには信じるほかない。
 信頼とは、双方が信じて初めて生まれるものなのだから。

「グアアアアアァ!」

 しかし、ジュエルシードの暴走体である黒い霧もまた地獄に誘うような咆哮を上げて迫っている。
 速度はあちらの方が絶対的に速い。このままではあの穴に滑り込む前に“追いつかれてしまう”。

「そこに赤い線があるよね、ジャンプで超えて!」

 再びなのはが地面を指差す。真夜中ゆえに見にくいが、そこには約1メートルほどの間隔を空けて赤い線が記されていた。

「……っ、わかった!」

 そして、全力疾走からの跳躍。幼い彼らといえどもそれくらいの幅なら簡単に飛び越えられる。
 華麗なる着地、そして響くは“骨の悲鳴”だ。

「え? いまなんか変な音が……」

「――ヒビで済んだ!」

「何が!?」

 ユーノがそう呟くのと、黒い霧が赤い線の上を通ったのは、ほぼ同時だった。
 瞬間、黒い霧の真下を中心に軋みと亀裂が入り込んで、崩壊する。

「グゥアァ!?」

 俗に言う、落とし穴である。赤い線の中心に入らなければ壊れない、精密に計算されつくしたなのはのトラップ。
 無論、それだけで終わらせてやるほど“友達を助けようと決心している高町なのは”は甘くない。

「グゥゥ――」

 彼が思考と知識を持っていたのなら、その状況にも気づけただろう。
 ――気づいたところで、すでに将棋やチェスでいう詰みではあるが。

 その巨体がすっぽりと入るほどの巨大な穴の中にあったのは、夥しい数の“箱”だ。

 箱、箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。
 箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。
 箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。
 箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。
 箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。
 箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。
 箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。
 箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。
 箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱箱。

 視界を埋め尽くすほどに埋め込まれた、無論全てが“爆弾”で――。

 なのはは黒い霧が地面に乗り込まれるのを確認すると、胸のポケットから携帯電話を取り出した。

「それは特別製でね、起爆は遠隔操作なんだよ」

 誰に語るのでもないように、虚空に向かって小さく呟く。
 汗で滑るけれど、それでも慌てず間違えず定められたキーを丁寧に押して。

「これが、“今の”私の全力全開!」

 ユーノを先に穴の中に入らせて、それを見届けてからなのはも中に滑り込もうとする。
 いまから彼女が叫ぶのは、かつて己がもっとも得意としていた、いまは使えば体がばらばらになるであろう最強の魔法。
 “それ”の名を関する、今の彼女に出来る全力全開。

「スターライトォ――!」

 滑り込んだ穴の中は広く、そしてただ掘ったわけではない。
 セメントなどで補強されたその穴は下手な防空壕よりも強固で立派なシェルターの意味を持つだろう。
 簡易式の頑丈な蓋で穴を塞ぎ、なのはは最後のキーを――押した。

「ブラスト!」

 

 一回目の爆発が呼び水となって、全ての爆弾が雄叫びを上げた。
 爆音などではない。そんな範疇には決して収まらない。耳鳴りが鳴り止まぬその音はもはや轟音とでも言うべきだ。
 穴から天空へと伸びる火柱。大地を揺るがす地震にも似た震動。もはやそこは地獄そのものか。

 きっと黒い霧も悲鳴を上げているのだろう、されどその声は聞こえない。
 いや、聞こえるものなど何も無い。全ては焔と轟が支配しているのだから。
 焦土と化す、焦土と化す、焦土と化す、辺り一面が焦土と化す。


 轟音が鳴り終わり、震源地から大分離れた穴の蓋が外されて、2人が這い出てくる。
 ふらふらと足取りがおぼつかないのは酷い耳鳴りや何度も身体を揺すられた震動のせいだろう。

「な、なのは……や、やりすぎだよ……」

「ちょ、ちょっと……火薬の量、多かったかな……」

 未だ安定しない視界に映し出されているのは、地形の変わった原っぱだ。
 火種がまだ燃え尽きず、周囲の熱された空気は真夏よりも暑く、黒い霧が落ちたはずの穴は底が見えぬほどの巨大な大口を開けていた。

 その穴の中心におぼろげな青い光を放つのは、黒い霧の取れたジュエルシード。
 封印されたわけでも、壊れたわけでもなく――あまりの熱量と爆風に一時的に停止しているに過ぎない。
 このままではあと数十秒も立たず、再び霧を纏ってなのは達に襲い掛かるだろう。

 だからこそ、ここでケリをつけなければ。

「ユーノくん、デバイスを貸して貰えるかな」

「そういえば、だからなんでデバイスのこと――いいや、もう」

 何かいろんなことを諦めて、というよりは呆れて、ユーノは首にかけられているペンダントを外した。
 その紅い宝石が付けられたペンダントこそ、なのはが生涯を共に連れそうこととなる永遠のパートナー“レイジングハート”。

(彼女がやろうとしていることはきっとジュエルシードの封印)

 ユーノ自身では魔力が足りない――否、“適正が薄い”為に出来ないから彼女にやって貰うほかない。
 自分の無力に腹が立ち、なのはに対する感謝のさらに念が深まって――。

(――あれ? デバイスのことを知っていて使えるのなら、“逃げる”必要があったのか……?)

 ふと彼女の中の魔法の力を感じてみれば、それは膨大な、かつて感じたことのないようなとてつもない魔力だ。
 これほどの魔力があれば、暴走体も簡単に倒せたのではとも思ってしまうほどなのに。
 そんなことに引っかかるユーノだったが、なのはもまた同じように違和感を感じていた。

(今度こそ、会えたね――――ん? “今度こそ”?)

 自ら思ったことが、気にかかる。今度こそとは、一体どういうことだろう、と。
 “二回目”も、私は“彼女”と会ったんだっけ――?

(……あとで、考えよう。今は、封印を優先しなきゃ)

 そう、今はジュエルシードの暴走体が先決だ。レイジングハートをユーノから預かって、天に掲げるように突き上げた。

「名前はレイジングハート。デバイスのこと知ってるみたいだから説明は省くけど、いい?」

「うん、大丈夫。起動呪文だけ教えて?」

「……わかった。僕のあとに続いてくれ。我、使命を受けし者なり――」

 その言葉に、なのはが続く。

「我、使命を受けし者なり――」

「契約のもと、その力を解き放て。風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を」

「契約のもと、その力を解き放て。風は空に、星は天に、そして不屈の心はこの胸に。この手に魔法を」

 レイジングハートに魔力が流れる。桃色に輝くは彼女の魔力光。

「レイジングハート、セットアップ!」

 なのはが光に包まれる――その中から現れたのは、バリアジャケットを纏った最強の魔導師の姿。

「――さあ、行こうかレイジごぼふぁ!?」

 どばどばどば、びちゃっとトリコロールカラーのバリアジャケットと地面が一瞬にしてレッドカラーに染まる。

「血を吐いたー!?」

 絶叫するユーノ、そんな彼に対して何度も嘔吐きながら必死になのはは誤魔化す。

「ごぷっ……ち、違うよ、これはトマトジュースを飲みすぎたからだよ!」

「嘘だ!? トマトジュースってこんなにどろどろしてない!」

「トマトケチャップを飲みすぎたからだよ!」

「この世界の人はケチャップを飲料水代わりにするの!?」

 いきなり吐血を繰り返すユーノは何か彼女に異常が起きたのかと心配するが、なのははそれを振り払ってレイジングハートをジュエルシードに向かって構えた。
 大丈夫、まだ持つ、あと一回だけでいいから、持って! すでに意識が耄碌し始めて、身体に力が入らなくなっている。けれど――不屈の闘志を燃やして、彼女は魔法を発動させる。

「ジュエ、ごほっ! シード……シリアル21ぃ……封印!」

【sealing.(封印)】

 圧倒的な力でねじ伏せるように雄叫びを上げるなのはの魔力。
 光がジュエルシードに集約し、封印術式を汲み上げていく。

 その封印される光景に安堵したのか、“ぷつ”っと彼女の中の何かが切れた。
 前のめりで地面に倒れて、彼女が意識を手放す前に最後に思ったことは――。

(ジュエルシードの封印は十数年ぶりだけど、会心の出来だった、な……これで、やっと、みんなを、守れ……る……)

 こんな今の自分でも大切な人を“守れた”こと、そしてこれからも“守れる”のだということに対する――感動だった。


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