どうしようもないくらい彼女は弱い。運動神経ゼロだし、そもそも運動自体が出来る体じゃない。 今では思い出すと顔を両手で覆ってじたばたしたくなる、昔の私。 それを、そんな弱い体で叩いてまで間違いを正してくれようとしたのが高町なのはだった。 けれど、ちょっとづつ大人になっていくにつれて、私がどれほど子供だったのか、なのはがどれほど大人だったのかを理解できるようになった。 今では一緒にいないことが考えられないほど親しくなった親友、月村すずかは彼女のことが好きだ。 すずかはそんななのはに“なりたい”のだろう。すずかは少し控えめで、少しだけ臆病なところがある。 ――そんな、すずかの好きと私の“好き”は違う。確かに私もなのはに憧れているところもあるし、なのはのような強い人になりたいと思っているところもある。 すずかならばもしも新しい友達がなのはに出来たとしても、自分のことのようにとても喜ぶのだろう。 でも、私はきっと“嫌だ”。なのはに新しい友達が増えるのが、その友達と“私以上に”親しくなるのはきっと嫌だ。 私はまだ、子供のように独占欲の溢れる、子供だから。
「うーん、信管はライターとラジオを組み合わせて作れるとして、問題の爆薬が……」 「濃硫酸と硝酸アンモニウムでニトログリセリンが作れるらしいで?」 「でもニトログリセリンは安全面が気になるよ。保管場所も探さないとだし……」 「なら肥料爆弾はどうやろか? ニトロよりは簡単に作れるで?」 「けど肥料爆弾は威力がなぁ……」 と、そんな怪しげな会話を図書館の隅で繰り広げるのはなのはとはやての二人組み。 「ん? あれ、アリサちゃん?」 「あー、アリサちゃんや。珍しいなぁアリサちゃんがこの図書館に来るの」 「私だってたまにはくるわよ。というかなのは! あんたが爆弾フェチに目覚めるのは勝手だけど、はやてを巻き込んでんじゃないわよ!」 巻き込むなら私にしなさい、と言えないところが私の駄目な性分だ。 「うう、だって……」 「まあええやんアリサちゃん。爆弾作ろおもたら一人じゃ大変やし、それに作る場所もいるんやから。私の家だれもいんへんから丁度いいんよ」 少しコメントしにくいことをさらっといわないでよはやて……。 「それになのはちゃんの“一番”の親友としては、やっぱ手伝ってあげたいやん?」 にひひ、と笑顔で私を見るはやて。ぴきっ、と私のコメカミに青筋が入ったのが自分でもわかる。 ……悔しいけど、わかってしまう。なのはは直接言わないけど、なのはの“一番”の親友は八神はやてであることを。 でも、それは“現段階”の話。はやてが“今の”なのはの“一番”だとしても――私は諦めない。 「だったら“最新”の親友の私が手伝っても問題ないわよね?」 「いやいや、ここは“最愛”の親友である私が手伝ってあげてるんやからアリサちゃんは休んでていいんやで?」 「そうわいかないわよ。なのはの“最強”の親友としての義務が」 「私も“究極”の親友の」 「私だって“至極”の親友で」 そう延々と親友発言を繰り返す私とはやて。なかなかやるじゃない、でも負けないわよ! 「ふ、二人ともどうしちゃったの?」 「なのはは黙ってて!」 「なのはちゃんは黙ってて!」 「……はい」
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「……ちょっとトイレ行ってくるね!」 となのはが逃げ出したので、私とはやての親友合戦も一息つくことになった。 「ぜぇ……ぜぇ……さすがはやて……やるわね……」 「はぁ……はぁ……そういうアリサちゃんもや……」 そうお互いに讃えあう。川原で殴り合いを繰り広げたかのような爽快すら感じる気分。いや、実際にやったことないけど。 「ふぅ、それにしても……やっぱりアリサちゃんはなのはちゃんが大好きやねぇ……」 「べ、別になのはのことなんて!」 「いやいまさらツンデレを取り付くわんでも」 何よツンデレって。 「はやてだってなのはのこと好きじゃない」 「せやなぁ。私はなのはちゃんが大好きや……けど、最近思うんよ」 急にその表情に影を落として、はやてはどこか遠くを見るような瞳で視線を逸らす。 「私はなのはちゃんのことが好きやけど――なのはちゃんは、私のことを好きでいてくれてるんかな、って」 「……はぁ?」 思わず私は呆れた声を上げてしまう。なのはがはやてのことを好きでいてくれるか? そんな当たり前じゃない。 「それは自慢? 自慢なの? 最近なのはちゃんが爆弾ばっかりで私に構ってくれへんよ〜って自慢? だとしたら私の拳がバーニングするわよ」 「ちゃうちゃう。いや確かにちょっと自慢になってしまうかもしれへんけど、“少し前”のなのはちゃんは私のことを本気で好きでいてくれたんよ。むしろ愛してくれてたといってもええかもしれん」 「OK、完璧なる自慢ね。さあはやて右の頬を出しなさい、そしたら次は左よ」 「少しは最後まで聞こうとする気はないんアリサちゃん!?」 「あるわけないでしょ!? 何が本気で好きでいてくれたよ! 何がむしろ愛してくれたよ! ライバルのそんな惚気話聞いていられるかー!」 はやてに向かって右スマッシュ。といっても当てる気はないこけおどしだけど「のわー!?」と変な悲鳴をあげて立ち上がりすばやくかわしてまた元の場所に座る。 「危っ!? 暴力反対! 乱暴な子はなのはちゃんに嫌われるで!?」 「当てる気なんて無いわよもう! それにいいわ暴力女で! なのははドMだから相性いいはずだし!」 「それは確かになのはちゃんMなとこあるけど!」 「あるんだ!?」 冗談だったのに!? ひょうたんからこまが出るってやつを初めて経験したわ。そうか、なのはってMだったんだ……。 「ちょっと二人ともなにしてるの!? 喧嘩なんて駄目だよ!」 そこに丁度トイレから戻ってきたのはなのは。どうやら私達が本気で喧嘩していると勘違いしてるみたいね。 「ねえなのは、ちょっと殴っていい?」 「嫌だよ!? 折れちゃうよ!? なんで、私何かした!?」 はやての嘘つき。
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帰り際、はやてが先ほどの話の真意を私にこっそり教えてくれた。 『最近のなのはちゃんは、なんというか“平等”なんや。昔は私が一番なのはちゃんに愛されてるって自覚があったし自信もあった。 そう呟くはやては、とても寂しそうだった。そしてとても苦しそうだった。 「平等、ねぇ……」 すでに日が落ち始めた夕暮れを見つめる。はやてが言っていたことは本当なのだろうか。 私が気づいたことといえば、ここしばらくなのはが本を読まなくなったということくらいだ。 「……やっぱり、はやてに負けてるなぁ」 それは勝ち負けの問題じゃないのかも知れない。人を好きになることに、人に好きになってもらうことに勝ち負けなんてないのかもしれない。 何事にも勝ち負けを決めるのが子供なら、独占欲を押さえ込めないのが子供なら私は子供を貫き通す。 私は、意地っ張りでわがままで、思ったことを恥ずかしくて言えない子供だけど、“これ”だけはたしかだから。 「――なのはのことなんてぜんぜん大好きなんだからね!」 その顔を沈ませようとする太陽に向かって私は叫ぶ。決意のように、契約のように。 「絶対に! 負けないんだから!」 あなたもそう思うわよね、はやて。あなただってなのはみたいに病弱だけど、とっても強い子なんだから。 「……あれ?」 瞬間、何かが私の中に引っかかる。なんだろうこの不思議な違和感。あれ、私さっきなんて言った?
『あなただってなのはみたいに病弱だけど、とっても強い子なんだから』。
……ん? 別におかしなところはない、はやてもなのはと同じく謎の難病を抱えている。
あれ、さっきはやて――。
ふと肌寒さを感じてなのはが空を見上げると、わずかだが雪が降り注いでいた。 (雪は……あんまりいい思い出ないな……) それは遠い過去、そしてあるいは未来の出来事。 (――リインフォースさんも……) 悲しい別れがあった。呪われた因果に囚われる1人の女性。ようやく解き放たれたというのに、彼女は消えなければならなかった。 「今度は……助けたい、助けてみせる。たとえそれが私のわがままだとしても……」 助けたい、そう願った。助けてみせる、そう誓った。 運命を変えられるかもしれない、そんな奇跡を。 「プレシアさん――リインフォースさん――」 助けたい人がいる。大切な友達の、家族がいる。 そのすべてを救えるとは思えない。高町なのはは神様でもなければ万能でもなければ無敵でもない。 そうやって、高町なのはという1人の少女は――。 「……変わらないものなんて、ない。みんな変わっていかなきゃいけない。でも――私のこの思いだけは、きっと変わらな」 そんな最後のセリフを言い終える前に彼女はふっ、と瞬間移動でもしたように消えた。
「無骨折記録、絶賛更新中やったのになー」 「うん、私も骨折するのかなり久々な気がする」 最近は定期診断でしかお世話になってなかった久方ぶりの病室である。 「はい。なのはちゃん、あーん」 「あーん」 バカップルよろしくな光景。もしもアリサが見たら嫉妬で暴れかねない状況ではあるが、両者はとても幸せそうだった。 林檎を齧る心地よい音が病室に響く。 それからしばらくして、彼女はうとうとと睡魔に誘われる。 「……おやすみ、なのはちゃん。いい夢を見てや」
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黒ずんだ塊が声を上げて私の周りを徘徊している。蠢くその姿は醜悪そのものだ。 どうやら、いつのまにか眠ってしまったようだ。 耳障りだ。目障りだ。筆舌し難い気味の悪さに胃液がこみ上げる。 ――ここから逃げ出そう。こんなところには一秒たりともいたくない。 奴らを視界にいれないように、蠢く奴らに近づかないように歩いて病室の扉を開けた。 泥沼の中にいるみたい。異臭が嗅覚を刺激して何の臭いなのだか区別もつかない。 上ってきた胃液と共にそれを吐き出す。血のように赤い、でも血じゃない。血は見慣れている、だから解る。 ゴボゴボ、ゴホッ。 早く目が覚めますように、切実にそう願う。
気づけば、私は上下に浮き沈みする階段を上っていた。 ――たどり着つけても、この“世界”にはやてちゃんがいるわけがないけれど。それでも、私は彼女に……。
そして私の目の前に広がるのは、闇に彩られた“墓地”だった。 一体これはどういうことなのだろう。何を意味しているのだろう。
抉りとられている?
得体の知れないものが、背後を撫でる。小さく体が震えて止まらなくなってくる。 恐怖を振り払って、私を囲むように並んでいる墓の横を行く。 墓地を進み、私はようやく彼女の病室のある場所へとたどり着く。
はやてちゃんの病室の扉が、おびただしい数の“鎖”と“剣”に繋ぎ止められていた。
まるで、中にいる者が逃げ出せないように。 牢獄のように、結界のように、封印のように。 閉じ込められていた。
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「――はやて、ちゃ……?」 彼女が目を覚ませば、歪んだ病室はもう見当たらない。 ふと横を見ると、すやすやと吐息を立てながら車椅子の上で眠る八神はやての姿があった。 「ずっと、側にいてくれたんだ……」 それに感動して、なのはは思わず眠る少女の手を慎重に取って、自分の頬を摺り寄せる。 「……出来れば、起こして欲しかったな……なんてね」 そうすれば、あのような不可解で不気味な夢も見ずに済んだが、それは無理な注文だろう。 けれど、側にいてくれたことが何よりも嬉しかった。 「――むにゃ……あれ? なのはちゃん……起きたん? ……あっ! ごめん、眠ってもた私!?」 「にゃはは、可愛い寝顔だったよ」 「もぅ、そんな変なこと言わんといてやー」
それからしばらく話し込んで、はやてが診断を受ける時間がやってきた。 「それじゃなのはちゃん、検診が終わったらまた来るわ」 「うん、まってるからね。言ってらっしゃいはやてちゃん」 2人して手を振り合い、はやては部屋のドアノブに手をかけ、廊下へと出た。
そんな、病室のドアが閉まる直前に。
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