■■ ■■ ■■■■■ ■■■■ ■■ ■■ ■■■■■ ■■■■ 彼らは時折その場所の中心に円を作って集まって、何かを唱えている。歌っている。呟いている。 ■あ ■■ くと■■■ ■■■■ い■ ■■ ■■るぅ■ ■■だん ふと彼らの形作る円の中心を見てみれば、その中にあるのは何かの肉塊だ。 ■あ い■ くと■ぅふ ふく■■ い■ いあ く■るぅ■ ふ■だん 歌がはっきりと聞こえてくる。それは背徳的な歌だった。それは背徳的な言だった。それは背徳的な句だった。 いあ いあ くと■ぅふ ふくだん い■ いあ く■るぅふ ふ■だん 或いは私は叫んでいた。それを口ずさむのは止めて、それを呼んではいけないいけないと。 いあ いあ くとるぅふ ふくだん いあ いあ くとるぅふ ふくだん 歌が完成する。瞬間、世界が狂い始めた。極彩色のアラベスク模様が螺旋を描いて混ぜきった絵の具のように黒く黒く深淵に渦巻いて。 いあ! いあ! くとるぅふ! ふくだん! いあ! いあ! くとるぅふ! ふくだん! 徐々に歪んだ空間だ裂け目が広がり、その全貌が明らかになる。鰭がある。鱗がある。鰓がある。 【■■■】 “あれ”が何かを呟いている。それは私には理解できない。したくない。 【■■は】 それでも、その言葉には聞き覚えがある。とても人類には理解できない発音なのに、人間には聞こえることのない高音で発せられているのに。 【■のは】 いうな。それいじょういわないで。だめだ。なんで。そのなまえは、わた
よく知っている天井。アラベスク模様もなにもない、清潔を思わせる純白の部屋。 「……また、あの夢……」 高町なのはが、“2度目”の逆行を繰り返してからというもの――彼女は、そんな夢を見るようになっていた。
「……うん」 そこは八神はやての個室だ。なのはの個室の一階ほど階段を上がってすぐにある405号室。 「――もう、なのはちゃんたらしゃーないなー」 そういってくすくすとはにかんで、はやては優しくなのはを抱きしめる。 「ごめんね……」 「ええってええって。こんなんでなのはちゃんが落ち着くならお安い御用……いや、むしろ役得やな。なのはちゃんの体は柔らかくて気持ちいいしなー」 「にゃはは、はやてちゃんくすぐったいよぉ」 いままさに、なのはは本当の安らぎを得ることが出来ていた。 だがそれと矛盾するように、同時に“だからこそ”となのはの挫けそうな心が輝きを増す。 高町なのはに、1人の人間に出来ることなどたかが知れている。しかし、その“たかが”こそが重要なのだ。 それは別の世界の出来事だ。それは違う未来の出来事だ。この世界がそうと決まっているわけではない。 それでも、一%でも前の世界のような事件が起こる可能性があるのならば、なのはは戦う。 「……はやてちゃん」 「うん?」 「はやてちゃんがいるから、私は頑張れるんだ」 八神はやてがいるから、フェイト・テスタロッサがいるから、アリサ・バニングスがいるから、月村すずかがいるから、ユーノ・スクライアがいるから、父親がいるから、母親がいるから、兄がいるから、姉がいるから、クラスメイトのみんながいるから、病院のみんながいるから、この街のみんながいるから、未来に知り合うことになるであろう沢山の人々がいるから。 高町なのはは、どんな逆境も越えていける。 「だからはやてちゃん、ずっと私の傍に居て。絶対に、居なくなっちゃ嫌だよ」 「……あ、あははは……な、なんや、なのはちゃんにプロポーズされてもたなー」 そう茶化すように、顔面を熟した果実のように真っ赤に染めてはやては呟いた。 「……大丈夫やよなのはちゃん。私はどこにもいかへん。ずっとなのはちゃんの傍にいる。 高鳴る心臓を押さえるように、なのはに聞こえるくらいに高鳴った心臓を落ち着けるようにして、なのはの耳に届いたのはそんな言葉だ。 この瞬間、なのはの心に光が“戻った”ような気がした。深淵すら照らしてしまいそうな不屈の心。 「――ありがとう、はやてちゃん。私も、はやてちゃんが大好きだよ。 高町なのはの真の強さとは。その膨大な魔力ではなく、その莫大な魔法の才でもなく。
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なのはがはやての病室から出て、階段を下りたところに丁度歩いて来たのは八神はやての主治医である石田幸恵だった。 「あ、石田先生! こんにちは!」 「え? あ、うん、こんにちは。今日は元気ねなのはちゃん」 石田は驚いていた。八神はやての友達である高町なのはの変貌に。 それがどうだろう。この日向に咲く活力に溢れた可憐な笑顔は。 「石田先生! 私頑張るよ! いつだって! どんな時だって!」 「そっか。でもね、なのはちゃん。頑張りすぎは体に毒ですよ? ほどほどにね」 「はい!」 そう返事をして、なのはは軽やかな足取りで自分の病室へと戻っていった。 (何があったかはわからないけど……頑張ってね、なのはちゃん) 石田自身が担当している八神はやてと同じく“原因不明”の病気を抱える彼女がこれほどまでに活気に溢れている。
ああ、きっとそうだ。
はやてちゃん、今日は病院に居ないけど、次に来たときにはきっと喜ぶわ。と小さな呟きを残して。
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はやてに勇気を貰い、その不屈の心を取り戻したなのはは火気厳禁の燃料にガスバーナーでもぶち込んだように燃えていた。 そのためにはまず、綿密な計画、そして魔法以外の武力が必要なのではと考えた。 その点についてはすでに対策は出来ていたし、それだけならば大した問題ではない。 答えは否だろう。無論、なのははユーノやはやてを助けるためならば自身の痛みなど苦にしない覚悟は出来ている。 ――魔法は“ここぞ”というところだけで使わなければならない。 3回以上の魔法の使用は、おそらく手足が動かせなくなるほどの満身創痍状態になるか、或いは“死”だろう。 だからこそ――“今の”高町なのはには、魔法以外の“力”が必要なのだ。
なのはちゃんの様子がおかしい、と月村すずかが気づいたのは、よく利用している図書館で彼女の姿を見かけた時だった。 八神はやてと共に一緒に読書をしているのはよく見かける光景だ。 すずかはこっそりとなのはに見つからないように、慎重に後ろからそれを覗き込む。 『危険な化学シリーズ・爆薬と爆弾』、『清く正しいダイナマイトの作り方』、『法律に触れるから決して作ってはいけない日用品で作れる“兵器”講座』、『効果的な爆弾設置術』、『戦国時代から現代までの火薬製造法』、『武器商人に会おう!』、『密輸』、『男のロマン・手榴弾』、『良い子のパイプ爆弾』。 そんななんで貸し出し許可が下りているのか不思議でならないほどの危ないタイトルが勢ぞろい。 すずかは思わず自分の目を疑った。私の友達が、なのはちゃんがこんなものを嬉々して読むはずがない、と。 「へー、パイプ爆弾って威力が高い割に結構簡単に作れるんだ……問題は爆薬だよね……どうしよう……」 すずかは思わず自分の耳を疑った。私の友達が、なのはちゃんがまるでパイプ爆弾を作りたがるように呟くはずがない、と。 (な、なのはちゃん……? どうしちゃったの……? 爆弾なんて作って何するの……) 自分の愛する友人の異常な行為。これをどう受け止めていいのかすずかにはわからなかった。 それに爆弾なんてものを作って一体何に使うというのだろうか。 (いや、待って。なのはちゃんはただ何かが切欠で少しだけ爆弾に興味を持っただけかもしれない。なんというか……興味本位で! 「でもあいつに爆弾って通じるのかな……何回か爆散させれば弱りそうではあるけど……」 (使う気だったー!? しかも『通じるのかな』ってなに!? 通じるに決まってるよ! むしろ死んじゃうよ! 何回か爆散させれば弱りそうって……何回爆殺する気なの!?) 当然、なのはのいう“あいつ”とは暗闇の如き姿を持つジュエルシードの暴走体である。 すずかの脳には“なのはは誰かを爆殺したがっている”という謎の固定概念が出来上がっている。 (だ、駄目だよなのはちゃん……! そんなことしちゃ駄目! なんで? あの、優しいなのはちゃんが……なんでそんな恐ろしいことを……) すずかの脳にフラッシュバックする光景。それは、約二年前。小学一年生だった彼女達のファースト・コンタクト。 アリサはそんなすずかに『気取っている』と感じたようで、ちょっとした意地悪のつもりですずかの大切にしているヘアバンドを取り上げてしまった。 なのははいきなりアリサにきついビンタをかまし、大声で言ったのだ。『痛い? でも、大切なものをとられちゃった人の心は! もっともっと痛いんだよ! ……ごめん、腕折れた……救急車呼んで……痛くて泣きそう……』と。 ありえない方向に捻じ曲がったその腕を見て、すずかは衝撃のあまり失神してしまったが、その時のことはよく覚えている。 それなのに、なのははアリサを叩いたのだ。アリサの行いを悪いことだとわからせる為に、ただ泣くことしか出来なかった自分を助ける為に。 高町なのはは月村すずかの親友であると同時に、“憧れ”だった。 なのに、そんななのはが今、爆弾という危険なものを使って人を殺めようとしている。 実際に勘違いであるが。 (止めないと……なのはちゃんは私とアリサちゃんの間違いを正してくれた……今度は、私がなのはちゃんに恩返しをする番だ!) そう、すずかは胸に誓って。目を見開き眼前のなのはに向かい、悲鳴に近い叫び声を上げる。 「なのはちゃん! 駄目ぇ!」 「ひにゃぁ!?」 後ろから突然大声を上げられたなのはは驚いて思わず席を立つ。 「す、すずかちゃん!? お、驚かせないでよ……心臓止まるかと思ったの……」 「なのはちゃん……なのはちゃんは一体何をしようとしてたの?」 「な、なにって……あっ!?」 ぎくっ、となのはは肩を震わして現状を理解する。よくよく考えてみれば図書館でこんな本をかき集めて読み漁っている人物がいればなんと思われるだろうか。 「えっ、えっとね、その……」 「言い訳なんて聞きたくない!」 「えっ!?」 「なのはちゃん、なのはちゃんがなんでそんな怖いことを思い立ったのか、それは私にはわからない……。 「ええっ!?」 魔法と相対するような化学兵器を用いてジュエルシードの暴走体に挑もうとしていたのは間違いだったの!? 「戻って! いつもの優しいなのはちゃんに戻って! (いや話せるわけないよ!?) 十年後の未来からロストロギアでこの世界に精神だけ吹き飛ばされて、魔法使いやってますなどと話せるわけがない。話したとしても信じてもらえるわけもない。 「私は、私は! なのはちゃんが大好きな、なのはちゃんの友達だから! 辛いことも、悲しいことも! 全部わけあうのが友達だと思うから! なのはちゃんを犯罪者なんかに――させないんだからああああああぁ!」
その後、この混沌めいた騒ぎは図書館長に2人が叱られるまで続き、双方がさまざまな勘違いをしているのに気づくのは、それから二日後のことだったそうだ。
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