人生とは長い長い無数に枝分かれを続ける道であるとする。ただしその道は決して戻ることの出来ない一方通行。
 そんな風に過程したならば“後悔”という過ちは枝分かれの分岐点で進むべき道を選択し間違えたことに他ならない。

 戻りたくても、戻れない。やり直したくても、やり直せない。
 間違いを認識しながらも、どうすることも出来ないから間違えた道のりをただ進む。
 なんでこの道に入ってしまったのだろう。なんでこの道を選んでしまったのだろう。そんなことを考えながら。

 後悔したって遅すぎるのに。来た道は二度と引き返せないのに。
 安全な道を選んだはずだった。幸福な道を選んだはずだった。決して軽はずみで軽率に選んだわけじゃないのに。ちゃんと吟味して、ちゃんと思考して、ちゃんと進むべき道を見定めたはずなのに。
 それでも進んだ道は凹凸が溢れかえり、泥に足を絡まれ、視界は暗闇一色――そんな悪路に悩みながら影を落として間違えた道をただ歩く。

 『道を選ぶということは、必ずしも歩きやすい、安全な道をえらぶってことじゃないんだぞ』と誰かが言っていたけれど――。
 それは大きな道を選ぶ時だけの話なのだと思う。例えば何か叶えたい夢が出来たとき、その夢に向かう道を行くには他の夢を諦めなければならなかったとしたら。他の大切な何かを犠牲しなければならなかったとしたら。
 他の夢を諦めたって叶えたいと思った夢ならば、他の何かを犠牲にしてでも歩みたいと思った道ならば、例え見据える道のりが泥沼の中だろうと進む覚悟だって出来るだろう。

 それは目に見える自分の人生がかかった分かれ道。
 それは肌で感じる自分の人生を決める分岐点。
 それは頭で考える自分の人生を選ぶ選択肢。

 だけど、それ以外なら?
 なんの変哲もない日常の1ページにこれまたなんの変哲もなさそうな分かれ道が現れたら。
 選ぶのは当然、安全そうな道のりではないだろうか。誰しも不要な苦労はしたくない。無意味な徒労は避けるに限る。
 一見安全そうなその道に、実は巨大な落とし穴があったとしても……そんなものに気づくわけがないのだから。

 人生とは長い長い無数に枝分かれを続ける道である。
 道とは選択肢のことであり選択肢とは道なのだ。

 ――私は道を間違えた。私は選択肢を間違えた。
 私が間違えた1つ目の道は一直線に落ちる崖のような坂道だった。
 1つ目を間違えた後は転がるように次々と道を踏み外して、選ぶ余裕も、選んだ覚悟もないのに巡り来る分かれ道をただ間違えて間違えて間違えて間違えて、また間違えて。

 いったい私はどこで道を選び間違えてしまったのだろう。
 いったい私はどこで最初に間違えてしまったのだろう。

 ……なんて、そんなことは自問自答をしなくてもわかってる。

 ちゃんと、わかってる。

 

 私はただ――。

 

 『貴方は、この世に生まれますか?』

 『はい』
 『いいえ』

 

 ∇『はい』

 

 


 この世に生を受けたことを、間違えたのだから。

 

 

 

 なーんて、そんなシリアスかつカッコつけかつアホらしいこと妄想をしながら早く次の授業が始まらないかなー、学校の休み時間って本当に苦痛かつ拷問だよねーと自分の机で寝たフリをして過ごす1人の少女がいた。

 というか私だった。どうしようもなく私だった。
 私の名前は高町なのは。小学一年生にして早くも学校という社会の縮図にてぽつんと取り残された、友達いない歴イコール年齢のダメ人間である。

 

 ■■■

 

「――以上でホームルームを終わります。皆さん事故には気をつけて帰りましょうね。じゃ、日直さん。号令をお願いします」

「きりーつ」

「れーい」

「ありがとうございましたー!」

 先生が挨拶を促すと、本日の日直の子が舌足らずな口を精一杯に開き号令をかける。
 それに合わせ、クラスの全員が礼をして帰りの会は終了。

 慌ただしく一目散に「せんせー、さよならー!」と風の如く飛び出す子達がいれば進学校らしく真面目なグループで集まってノートを開いて勉強会を始める娘達がいる。
 ただ他愛のない話で盛り上がる仲良しなグループの子達がいれば、それを羨ましそうに無表情で見つめる子がいる。まあそんな後者の子はこのクラスじゃ主に1人しかいないんだけどさ。みんな仲いいんだよね、その1人を除いて。

 ちなみにその1人とは言わずもがな私である。
 あー、友達がいる子って本当に羨ましい。なにあの『昨日のテレビみた?』『みたよー。すっげーおもしろかったー』『あははー!』みたいな会話で笑いあえる微笑ましい光景は。

 混ざりたい。もの凄く混ざりたい。けどさ……無理でしょ。
 なんというかもう、無理でしょ。早くも固有の雰囲気できちゃってるもんそれぞれのグループで。一見さんお断りみたいな結界出来ちゃってるもん。

 そんな中に気安く入り込める? 私は無理。絶対に無理。声をかけることすら私にとってはSランク任務。
 『あ、そのテレビ私も見てたよー!』なんて声をあげれる? その結果シーンと静まり返ったらなんて考えたら震えて声が出ないよ。いや、というか……私が声をかけてあの輪の中に入っていけない大きな理由が『2つ』あってさ……。

「でねー……っ!」

「……」

 ちらり、と私が眺めていたグループの中の1人と目があった。

「…………そうそう、今日の体育の時にねー」

 しばし見つめ合ったあと、ふぃっと目を背けられ、その1人は会話に戻る。
 無視だった。泣きたくなるほどに無視だった。私はいないものか。

 ……うん。今ので理由の1つを少しわかって貰えたと思うんだけど、嫌われてるんだよね。
 大事だから二回いうけど、嫌われてるんだよね、私――主にクラスの全員から。

 あ゛ー。なんでこうなったんだろ。
 いや、理由はあるんだ。『高町なのはマジやべぇ。あの無表情女と目を合わせるな、気を抜けば殺られるぞ』という空気がクラス内で形成されてしまった理由はちゃんとある。完全に自業自得な理由が。

 まあそれは自分自身あまり思い出したくもない黒歴史なので伏せるけれどさ。
 誰も好き好んで心の古傷エグリたくなんてないもん。それに無視されるだけでイジメられてるわけじゃないしそこまで大した問題でもないこともなくもない。

 帰るか。ここでウジウジしててもいたたまれなくだけだしねー。あはははは――はぁ。
 私はランドセルに机の中の私物を詰め込み静かに出入り口に差し掛かる。
 しかしながら教室には生徒と話をしている先生が残っている為、一応帰る前に挨拶はしておかなければならないだろう。

 軽く深呼吸して、私は「先生さようなら!」と子供らしく元気よく、それもとびっきりの笑顔で声をあげようとし――。

「――さよなら」

 ボソっ、と消え入るような声が小さく小さく響いた。多分ピクリとも動かない無表情で。
 無論そんな小声が先生に聞こえるわけもなく、気づかれもしない私はそそくさと教室を後にする。

 

 またこうだよこんちくしょー。
 廊下を歩きながら私は先の失態に自己嫌悪。
 相変わらずこの体は思うように動いてくれないから困る。

 ……私が声をかけてあの輪の中に入っていけない大きな理由が『2つ』。
 1つは先のようにクラスのほぼ全員から嫌われているということ。そしてもう1つの理由が――私は『思うように声が出せない、表情が動かせない』という持病を持っている為にコミュニケーションがとれない、ということである。

 

 ■■■

 

 はてさて、皆さんは人が『声』と『表情』を動かす仕組を存じているだろうか?
 まずは声だ。簡単に説明すると、声を出す際に人は脳の中にある発声中枢という場所から信号を発している。
 その信号を構音器官、声帯、呼吸器官がキャッチし作動。その結果、器官は空気を振動させ『声』という音を外に出すの。続いて表情。表情は顔面神経と呼ばれる脳神経から信号を流し表情筋を動かすのだが……。

 私はその仕組の要である発声中枢や脳神経に『障害』を持っている為に上手く声が出せない。
 生まれつきの病気というわけでなく、三年前のある出来事を堺に発症してしまった。生涯、決して忘れることのない出来事を切欠に。

 その障害のお陰で私は幼稚園に入学しても見ず知らずの他人とコミュニケーションが取れずに、小学1年生になった今も友達が出来ずぼっちまっしぐら。まさに文字通り私はコミュ障なのである。笑えねぇ。
 表情筋はテコでも動かないけれど、声の方は完全に出せないわけではない。発生中枢に障害があるといってもお医者さん曰く私の場合はその機構が壊れて『停止』しているのではなく『麻痺』しているらしい。顔面神経も同じくだ。

 例えば先ほど大声で元気よく『先生さようなら!』と声を出そうとしても消えそうに小さな『さよなら』になってしまう。
 けどこんなのはまだマシなほう、というか全然思い通り言えた部類に入る。酷い時には声が出なかったり全く違う言葉を言ってしまったりすることも多々あることなのだ。

 私がクラスから孤立してしまったあの『出来事』もまたこの障害たちが原因。あの時は本当にごめんね、月村さん、バニングスさん……。
 思うように喋れない、顔が氷のように無表情ということが如何な地獄か考えたことがあるだろうか? 人生ハンディ、もの凄いハンディ。100メートル走で私だけ古タイヤをつけて200メートル走らされるようなハンディなんだよ。

 泣きそう。

「――いま」

 家に帰宅した私は『ただいま』と言ったつもりなのにも関わらずヘンテコな単語を口付さむ。
 なんか俗にいう若者言葉ってやつみたいだった。“あざす”とか“ちっす”とかそんな喋り方と同レベル。

 ……まぁ、とはいってもこの病気に付き合って早くも三年だ。今はもう仕方ないと割り切っている。
 友達が出来ないのも悲しいし、誰かと自由にお話出来ないというのも寂しいもの、テレビを見たって笑顔の1つも作れないのはいっそ怖いくらいだけど、“他人が悪いわけじゃない”のだから。
 全部そんな病気を発症した私が悪い、完全完璧自己責任。自己責任の良い所は他人を恨まなくてもいいところだ。私は聖人君子なんかじゃない。それでも他人を恨んで過ごすなんてことになったら気分が悪くてしょうがないでしょ。

 

 自分で犯したことだけは、誰かを恨まなくてもいいから割り切れる。
 恨むのは、自分自身だけに留められる。

 

 かと言って今、貴方は幸せですか? 生まれてきてよかったと思えますか? と宗教の勧誘みたいなことを聞かれれば言葉に詰まるけどさ。
 正直、私は幸せだと胸を張ることなど間違えても無い。病気のことを割り切ろうが友達のことを割り切ろうとも私はかなり不幸な部類に入ると自負している。

 ふざけんな神様の馬鹿野郎なんで私にこんな残酷な運命を与えるんだコンチクショウと天に向かって吠えたいくらいだ。
 今は塞ぎこんでいないというだけで、私は耐え難い不幸を常に噛み締めて当たり散らしたくなるような憤りに苛まれている。

 ――なんせ。

 ランドセルを自分の部屋に置いて、私は家の奥にあるお座敷に向かう。
 お座敷にはそれなりに立派なお仏壇が備え付けられており、その中心に飾られているのは一枚の家族写真。
 パン、と手を合わせ、心のなかで今日はこんなことがありました、なんてことを話しながら私は拝む。

 

 なんせ――大切な家族のみんな、死んじゃってるし。

 

 ■■■

 

 優しいお父さん、高町士郎。
 憧れのお母さん、高町桃子。
 格好良いお兄ちゃん、高町恭也。
 綺麗なお姉ちゃん、高町忍。

 こんな私にも優しく接して、心の底から愛してくれた家族はみんなお星様になってしまった。
 それは3年前、私がこの病気を発症する原因となった時の出来事。当時の私は流行り病に犯されて高熱を出し入院していて、家族のみんなは付きっきりで看病してくれたりお見舞いに来てくれたお陰で事無きを得た。

 そしていざ退院するとなったあの日、家族は全員で家から車に乗って私の待つ病院へ向かってきてくれたのだけれど。
 猛スピードで信号を無視して突っ込んできた大型車と衝突事故を起こし――大型車の運転手を含んだ全員が帰らぬ人となってしまった。

 待っても、待っても、待っても待っても家族が来ないと病室で不安に満ちていた私の元へ飛び込んできた訃報。
 それが切欠で、私は上手く喋れなくなって、一切の表情を消してしまった。あの時は本当に荒れた荒れて、暴れまわったっけ。
 そりゃ愛する家族が突然、それも全員が居なくなったという悪夢のような出来事を3歳の子供が耐え切れるわけがない。いや本当、“彼女”が親身に支えてくれなきゃ私は自殺してたっておかしくなかったと切に思う。

「ただいまー……ってあれ? なのはちゃん、もう帰ってるー?」

 噂をすればなんとやら、おそらく買い出しに行ってたのであろう“彼女”の私を呼ぶ声が響いた。
 返事を返そうと思ったけどどうせ思うような大声は出ないので私は黙ったまま彼女がいる玄関へ向かう。案の定、近所のスーパーの袋を2つ床に置いて、靴を脱ぐ彼女がいた。

「――おか」

 ……なんだか『おかえり』がネットのチャットみたいなことになってしまった。
 しかも無表情だろうし。客観的にみたらとてもシュールな光景に違いない。主観的に見たってシュールなのだから。

「いまー」

 それでも、私にあわせてたような言葉で、それも笑えない私の分も含めてくれたようなとびっきりの笑顔を作って彼女はそう答えてくれた。

「今日は卵が安かったから沢山買って来ちゃった。夕飯はオムライスにしようね」

 オムライス――オムライス! いやっほう! 思わずテンションが上がってしまう。
 オムライス大好きなんだよね私。シンプルなのに奥深く、ボリュームたっぷりなのがたまらない。当然ケチャプは大量だ。これは夕飯が楽しみ過ぎる。

「うふふ、喜んでもらえてなによりね」

 三年前のあの日から、この世に1人取り残された私を今も尚支え続けてくれる欠けがえのない人。
 彼女の名前は『リーゼアリア』。無口で、無表情で――感情の一切を伝えないはずの私を理解してくれる愛しい私の“家族”だ。

 

 ■■■

 

 家族を失った私は一年以上、心を閉ざし自閉的になっていた。
 手を差し伸べるものがあれば弾き飛ばし、関わろうとするものは突き飛ばした。
 それなのにも関わらず、アリアさんは塞ぎこむ私を見捨てなかった。

 何日も何日も心を閉ざし荒れ狂う私の元へ、拒絶されても無視しても通って話しかけてくれた、関わろうとしてくれた。
 ――家族になろうと、言ってくれた。

 それだけ熱心に私に接してくれた理由は沢山あるらしいが、その1つは彼女の上司にあたる存在が一因だろう。
 本来、保護者を失った者は孤児院だとかの施設に入るのが普通だろうけど、私の場合は両親の知り合いの『グレアムさん』という方が後見人をかってでてくれたのだ。

 なんでもグレアムさんはお父さんの古い友人で、しかも多大な恩義があるらしく、それを返すためにも是非私の後見人を――ということらしい。
 しかしながらグレアムさんは世界を股にかけあっちこっち年がら年中移動しなければならない仕事についているらしいので私の直接的な面倒はみれない。

 そこでグレアムさんの直属の部下であったアリアさんが家政婦として私の元にやって来たのだ。
 アリアさんはグレアムさんを実父のように慕っているそうで、グレアムさんの庇護下にいる私はもはや実妹と同意義らしい。

 なんともありがたい話だ。グレアムさんにはいくら感謝しても飽き足らない。
 私の養育費や生活費を持ってくれるのはもちろんのこと、何よりもアリアさんと引きあわせてくれたのだから。

 障害持ちにも関わらず障害者学校じゃなくて、聖祥大附属小学校という進学校に私が通うことを選んだのは、何よりも将来的に良い学校を出て、自慢に価するような仕事に就きグレアムさんとアリアさんに恩返ししようと思っているからに他ならない。
 日本は学歴社会だ。その為には学力や学歴が必要不可欠。ただでさえ障害者というハンデを背負っているんだし。だから、私は友達が出来ずとも毎日学校に通い必死に勉学に励んでいるのだ! ――胸を張っていうことじゃないけど。

 

「なのはちゃん、美味しい?」

「――ん」

 オムライスを頬張る私をニコニコと笑顔で眺めるアリアさん。そうやってずっと見ていられると少し恥ずかしい。
 しかし、無表情な子がご飯を食べているのを眺めて楽しいのだろうか……アリアさんは何故か私の心の中のことをわかってくれるので、このオムライスの美味しさにほっぺを落としていることは理解してくれているのだろうけれど。

「んー、それにしても相変わらずなのはちゃんは友達が出来ないのねぇ……」

 こんな風にね。言ったことないんだけどね、友達が出来ないの。やれやれ、とアリアさんが困ったように苦笑する。
 うう……面目ない。心が痛いよ。けど、あのクラスで友達を作るのはもはや無理だと思うんだ。バニングスさんなんて今だに目を合わせると睨んでくるし、月村さんは目があっただけで脱兎の如く逃げるし。まあ私が悪いんだけどね? 心の底から反省しています。

「1人くらい、なのはちゃんのことをわかってくれる子がいればいいのに」

 ……そうなれば学校生活が二倍にも三倍にも楽しくなりそうだ。けど、確かに友達は欲しいけどさ――。

「――アリアさんがいるから……別にいい」

 今の私には、私のことをわかってくれるアリアさんがいる。それで、十分どころか十二分なんだから。

「……もう、なのはちゃんたら」

 それを聞いたアリアさんは、嬉しそうながらもやはり困ったような笑顔で――笑った。

 

 ■■■

 

 夕飯を食べ終えて、食器の後片付けなど手伝ってアリアさんと一緒にお風呂にも入り、これまたアリアさんと共にテレビとかを見ながらお話(といってもアリアさんが一方的に喋り私はそれに心の中で受け答えするだけ。しかしこれで会話が成立してしまうのだから本当に不思議だ)した後は本日の勉強の復習と明日の予習を済ませる。

 現在10時。それそろ耐え切れないくらいの睡魔が襲ってきているので今日はもう寝ようかな――っと、忘れてた。
 私は机の中から一冊の本を取り出す。表紙は黒く、十字架のような装飾が中々にお洒落な、如何にもお値打ち物ですといった感じの本である。それを開いて数十ページ捲り、昨日書きこんだ場所を探す……発見。

 

 ○月×日 晴れ 本日も世は事もなし。アリアさんのオムライスが美味しかった。

 

「――ん」

 そう書き終えて満足気に私は本を閉じる。
 見ての通りこれは日記帳だ。一年前あたりにふと日記でも付けようかと思い立ったことがあって、何か日記帳代わりになるものないかなーと探していたところ、この本を発見した次第である。全ページ真っ白なので丁度よかった。

 しかしいつ買ったのか記憶にないんだよねこれ。こんな高そうな本、買えば覚えてると思うんだけど。
 アリアさんやグレアムさんのプレゼントかと思って聞いてみても知らないらしいし。まあいいか。

 部屋の明かりを消して私は明日は友達出来たりしないかなぁ、やっぱ無理だろうなぁなんて考えながらベッドに潜り込む。
 すると、部屋のドアがコンコンとノックされ、「なのはちゃん、まだ起きてる?」とアリアさんが入ってきた。

「あ、今から寝るところだったかな? ――いくら勉強の為でも、あんまり夜更かししちゃダメよ?」

「――ん」

 大丈夫、ちゃんとわかってるから――おやすみなさい、アリアさん。

「ふふ――おやすみなさい、なのはちゃん」

 そういってアリアさんは私の頭を撫でてくれて、部屋から出ていった。
 アリアさんの温かい手のひらの感触がしばらくしてもポカポカと頭に残っている。今日は気持ちよく眠れそうだ。

 

 


 私、高町なのはは幸せじゃない。決して幸福であるとは言いきれない。
 友達がいないことは割り切れよう、障害を持っていることも割り切れよう。

 それでも愛する家族を失った傷は、三年立った今でも絶対に割り切れることはない。
 一度壊れた心は完全に癒えることなく傷を残し続けている。今だって、時々お父さんがいてお母さんがいて、お兄ちゃんがいてお姉ちゃんがいた頃の夢を見る。夢が覚めれば、大粒の涙を流して俯くのに、そんな夢を見てしまう。

 ――でも、アリアさんがいる。グレアムさんがいる。新しい家族がいる。
 私にはそんな2人に恩返しするという将来の目標だってある。

 

 人生とは長い長い無数に枝分かれを続ける道であるとする。ただしその道は決して戻ることの出来ない一方通行。
 そんな風に過程したならば“後悔”という過ちは枝分かれの分岐点で進むべき道を選択し間違えたことに他ならない。

 この世に生まれることを選択したのは、きっと『私』そのものだ。
 私の今の現状を見れば、高町なのはとして生まれることを選んだのは大きな間違いだったのかもしれない。
 選んだ道は歪んでいて、進むべき道筋は真っ暗で見えにくい。

 それでも私はその道を進む。進んで進んで、これから先、幾度とない道の選択を強いられるのだろう。

 それでもいつか――それでもいつか。

 この世に生まれるという選択をしたことを、きっと忘れてしまった『笑顔』で誇れるようになるために。

 

 ――私は、生きていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが、間違いだったと思い知るまで。

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