『誰か……僕の声を聞いて……力を貸して……魔法の、力を――』
――そんな、懐かしい夢を見た。 けれど、きっと彼は高町なのはのことを知るはずが無い。
時が来た、っと――彼女は目をゆっくりと開く。見慣れた天井を見つめ、深く心に刻むように、呟く。 「――それでも、守りたいんだ。大切な、友達を。大好きな、友達を……そして、助けられなかったたくさんの人たごぼふぇっ!?」 華麗にキメ台詞を決める前に、バシャーと滝のように血が口内から逆流する。開幕ホームランならぬ開幕吐血。 「ええ、なんで!? ごほっ! まほらばっ!?」 ふとベッドを見れば今血を吐いたはずなのにどう見てもそれ以外の血で枕やシーツが染まっていた。 (ごふっ……ま、まさか……ね、念話もアウト、なの……?) 他に原因は見当たらない。吐血は主に魔法を使ったときが一番多かったのだから。 (ちょ、ちょっと待って!? 今日はユーノくんを探しに行かなきゃ駄目なのに、血を吐いてる場合じゃ……。 一応、なのはの1つのプランを用意していた。 といった全力で人任せな計画。無論、リーゼ姉妹が助けに来てくれない可能性もあるが、そうなれば骨が折れようと血を出し尽くそうと2人を守りながら暴走体を撃退し封印するつもりだ。 ただ1つの難関であった体の脆弱さだって、何故かほんの少しだけ体が丈夫になったので問題ないはずだった。 「くっ……それでもやるんだ……! 私は絶対に諦めなぶっふぇ!?」
その後、起きてこないなのはを心配した家族が様子を見に来て、絹を裂くような悲鳴が近所に響き渡ったのは当然の結果である。
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あれから、何時間の時が過ぎたのだろうか。ユーノ・スクライアが目を覚まして、最初に思ったことはそれだった。 (……あの暴走体を逃してしまったのは真夜中……ということはすでに半日以上過ぎてる……っ!) よろよろと彼は力の入らない足と手に鞭を打ち立ち上がった。 これでは戦うことはおろか逃げることすら難しい。 (念話を受け取ってくれた人は、いなかったのか……この近くに、魔導士やその資質を持った存在は……) 救援を求める念話は確かに放った。しかし、誰も駆けつけてくれはしていない。 (……何を考えているんだ僕は。そもそも僕が“あれ”を発掘したせいでこんなことになったんだ……。 自身にそう激を飛ばし、弱い自分を拭い去ろうとする。弱った自分を振るい立たせようとする。 そもそも、この世界に“ジュエルシード”という“願いを叶える宝石”がやってきてしまったのは誰の責任でもない“事故”。 正義感が強く、そして人一倍責任感があり――優しい心を持っているから。 (速く……あれを封印しないと……この世界の人達に被害が及ぶ……前に!)
彼を、助けてくれる人は本当にいないのだろうか……。
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“暗闇”が大地を粉砕しながら疾走する。眼前にちょこまかと逃げ惑うのは小さな小さな獣。 「……くそっ!」 小さき獣の呟きは歯の立たぬ相手への憎しみか、それとも力鳴き己への悔しさか。 ユーノが目を覚まし、ジュエルシードの暴走体を探し回ってから数刻。 「ガアアアアアアアァ!」 “暗闇”の咆哮。それは大気を振動させながらユーノの体と心を恐怖に煽る。 (プロテク……ション!) それを防いだのは2人の間に現れた、光り輝く一枚の防御壁。ユーノ・スクライアの得意魔法である“プロテクション”だ。 だが。 (――!? プロテクションを構成する魔力が、足りない……っ!) それは、彼が“万全”だったならばの話。 プロテクションを破壊した爪の追撃はユーノの小さい体を宙へと掬い上げた。 「がっ……!」 体が砕けるような衝撃。数メートルほど吹き飛ばされた彼の体は数回に渡り地面を跳ね飛んだ。 (くそっ、くそ、くそくそくそくそっ……! 僕は、僕は……なんでこんなにも……弱いんだっ!) その円らな両目から溢れる雫。思考を埋め尽くす膨大な恐怖。 そしてなによりも、このままではなんの罪もない人々があれに襲われてしまうことが……怖かった。 ――そんな彼に止めを差すように、暗闇が疾走する。 目の前に迫る“死”に、ユーノは思わず目を瞑る――。
「そこまでだよ!」
その空間に響き渡ったのは、幼く甲高い声。 (――まさか、来てくれた……? 僕の声を、聞いてくれた――魔法の力を持つ、人が!) 来てくれるとは思わなかった。誰かが助けてくれるなんて思わなかった。 さきほどまで絶望と恐怖、そして悔しさしかなかったユーノの心に“希望”というなの温かな気持ちが泉のように湧いてくる。 「…………え?」 その声の持ち主は、少女だった。顔にあどけなさの残る、麗しい少女。 「君を、助けに来だぼっふっ!? ごっほっ、助けに、ごほっ!」 ついさきほどまで病院で危篤状態でしたと言わんばかりに、おそらく元は純白だったであろう入院服を真っ赤に己の吐血で染め上げていたのだから。
ユーノは思った。助けがいるのは君のほうじゃ!? と。
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成人女性の平均血液量は1kg当たり約75mlといわれている。対して子供の血液量はその半分。体重が30kgならばおよそ2000mlだ。 血液の15%を損失すればのどが渇き、いくら水分を補給したところでそれは収まらない。 (――あ、あれ? 私、何しに来たんだっけ……なんで、こんなに……眠……) ユーノ・スクライアを助けにやって来たこの時点で――高町なのはは“3分の1”以上の血を流していた。
(…………ユーノ、くん) フラッシュバックする光景。多少は違えど、高町なのはにとってそれこそ己の全ての始まり。 (ユーノくん、ユーノくん、ユーノくんユーノくんユーノくんユーノくんユーノくん――) 病弱の体を酷使してまで行った魔力反応の探索と感知。血を吐き続けて、死ぬ思いでやってきた。 得られなかった誰かの幸せを得る為に、彼女はここにやって来た。 誰かを救うために、誰かが幸せになれるように。 (――いま、助けるから!) ――戦うことが、出来るのだ。 そして、いまもまた“誰かを守りたいから戦う為に”彼女は大地を踏みしめ、駆けだした。 「あ」 彼女は転んだ。結構な勢いで転んだ。 「にぎゃああああああああああああぁ!?」 (うわあああああああぁ!? 右足が向いてはいけない方向にー!?) 少女の悲鳴と少動物の心の悲鳴はまるで夜空に響くハーモニー。 (痛い、痛いよぉ……う、うぐっ! い、痛いけど、こんな痛み“あの事故”に比べれば……!) ありえない方向に曲がっている右足を尋常ではない痛みが突き刺す。しかし彼女は耐えた。 そう、あの悲惨な事故に比べれば、右足が骨折したくらいなんだというのだ。 『き、君! 大丈夫!?』 「ごぶふぇぁ!?」 『血を吐いたー!?』 そこに止めを刺すように、ユーノの念話がなのはに伝わる。 しかし、彼女はろうそくではない。 「ごっほっ! かはっ! ユ”、ユ”ー……きみ! 念話を使うのは止めぶべらっ!」 この世界のユーノ・スクライアはまだ高町なのはを知らない。 それはある意味辛いものであったが、怪しまれでもしてレイジングハートを借りれないなどのことになれば2人とも死ぬのだから。 『え!? ど、どうして、というか君は一体――』 「まそっぶ!? お”ぇっ! ……い、いいから使わないで!」 さながらナイアガラの滝のように血を吐き続ける彼女の幽鬼にも似た迫力に、ユーノは気おされてそれ以上何もいえなかった。 (彼女が何者かはわからないけど……信じられない魔力を感じる! 魔法を発動すらしていないのに肌身だけでわかるほどの……! 彼は必死で悩んだ。自分の為に駆けつけてくれた少女が、たとえそれが何故か最初から死に掛けていたとしても、絶対に死なせたくなかったから。 「ガルルルルゥ――」 (暴走体が、動く!?) 先ほどまで傍観を決めていたジュエルシードの暴走体である“暗闇”が痺れをきらせたのか蠢き始めた。 (けほっ……! お、思った以上に厳しすぎるの……でも、あと3回の魔法――命を燃やしてでも、使ってみせる!) 一度目はレイジングハートの起動。二度目はプロテクションよりも魔力使用の少ない一発の魔法弾の射出。三度目は封印。 「君! デバイスを持ってない!? 私は持ってないの! 持ってたら貸して!」 枯れた声で、口の中に溜まった血液を飛ばしながらなのはそう叫んだ。これから先、幾度の激戦を共に戦い抜いてきたパートナーをこの手に掴むため。 (デバイスのことを知っている!? 彼女は魔導師なのか!? でもなぜ彼女ほどの魔力を持った魔導士がこの世界に? 自分が強ければどれほどよかったか。自分だけであの暴走体を封印出来ればどれほど良かったか。 彼女が望むように、ユーノはデバイスを持っている。それはユーノにすら、いや、一族の誰もが使えない極めて扱いの難しい特注品。 (ごめん、ごめん、ごめんなさい……でも……今だけは、力を貸して!) 心の中で悔しさに涙しながら、ユーノもまた限界のはずの魔力を燃焼させ、己の胸にかけてある待機状態のレイジングハートをその少女に向けて弾き飛ばした。 自分に向けて飛んでくる赤き宝石。それに向けてなのはは手を伸ばす。 (レイジングハート……もう一度私に力を!) それは運命の再開。ここに、エースオブエースと未来に呼ばれることとなる魔法少女が再び誕生する。
――はずだった。
「ガアアアアアアァ!」
“ぱくん”と空中を飛んでいたレイジングハートは、“暗闇”のその大きく開かれた口の中に吸い込まれ――。
「え?」 「は?」 その光景に、おもわず呆けた声を上げる2人。その光景が信じられないように、信じたくないように。 ボリボリと音を上げて租借するそれをみて――高町なのははことの全貌をようやく理解した。
すべての希望が、なくなったのだと。
高町なのはにはいつも傍に居てくれるものがいた。 それはレイジングハートという名のデバイス。 けれども、なのはを守りきれない時もあった。 しかしそれは違う世界の高町なのはの物語。 最高のパートナー。最高の相棒であるレイジングハートを。 「――嘘、だ……」 破滅の音がしていた。鉱石が砕き潰されるような音が響いている。 「ガウウウウゥ……ガッ!」 “暗闇”が何かを吐いた。無数の欠片に散らばったそれは月光を反射しながら空を舞う。 だからそれが――とても現実だと思えなくて――呆然と、してしまった。 最初に動いたのは“暗闇”。それは獰猛な野獣を思わせる動きでなのはに向かう。 そう思っていたのに――レイジングハートは、もういない。 なのはにとってレイジングハートは“物”ではなく“人”だった。 守ろうとしていた、大切な人を守れなかった。 「――ああ、ああああああああああああああああああああぁ!」 その悲痛な叫びは悲鳴のようで、悲しみを帯びた泣き声のようで。 この世界では未来のこととなる知識と経験を彼女を持っている。 その体が、普通の状態であったなら。 体内で爆弾が爆発したかのような衝撃が彼女を襲う。口から吹き出るのはどす黒い色をした血。 当たれば間違いなく勝てる。レイジングハートの仇が討てる。 けれど――無情にもその魔法弾は“暗闇”の一部を弾き飛ばしただけだった。 (そん、な……) “暗闇”の動きが俊敏なこともあった。放った魔法弾の咆哮がずれたこともあった。 不屈の心は折れずとも――その器が先に折れていた。 『君っ!? そこから逃げるんだ! 早く!』 使うなといわれたはずの念話を使用してまでユーノはなのはにそう伝えた、伝えずにはいれなかった。 (…………) なのはは、考えることが出来なかった。意識は途切れる寸前であり視界には何も映らない。 「ガァ、ガアアァ――ガアアアアアアアアアアァ!」 再生の終わった“暗闇”が咆哮を上げてなのはの元へ疾走する。 “暗闇”が闇の広がる大きな口を空け、“よくもやってくれたな”とでも言うようにその牙を――。
最後に聞こえた悲鳴は誰のものだったのだろうか。
なんの偽りもなく、なんの嘘もなく、それが当然であるかのように。
高町なのはは殺されたのだ。
化物が去り、2つの肉塊だけが残されたその場所で、何かが『 』を唱えている。 召来の『 』。名を口ずさむことさえ禁忌とされるそれを讃える『 』が。 暗闇などよりもずっと深い、深淵を覗く禁断の『 』。
――『 』が、聞こえる。
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いあ いあ はすたあ はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ■るぐとむ あい あい はすたあ
いあ いあ はすたあ はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ あい あい はすたあ
なのはが目を覚ますと、そこは見覚えのある場所だった。 「……私、たしかユーノくんを助けに行こうとして、それから……なんでだろう、思い出せない……」 おかしなことにこの部屋で眠った記憶がない。 「――っ! ユーノくんは!?」 部屋を見渡す。何の変化もない、いつも通りやけに本が沢山ある“この世界”の高町なのはの部屋。 (ひょっとしてユーノくんを助けに行こうとして倒れちゃったの私!? 自分が倒れていた時間を確かめる為に携帯電話で時間と日付を確認する。
そして、なのはは凍りつくように絶句した。
携帯電話に記された日付が、高町なのはがこの“高町なのは”に逆行して来た――その日だったのだから。
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